乾癬修行②


 それまで呼吸器内科医であった私には、天と地がひっくり返るような日々が続いていた。教科書で見る乾癬は、ほとんどが肘や膝などに限局した苔癬化局面だったり、腹部や臀部などに散在する貨幣状の発赤局面や苔癬化局面ばかりで、私が経験したような紅皮症様のものは書かれていなかった。

当時漢方ビギナーだった私にとって、いきなりの難問だった訳で、著しく力量を超えた試練だったが、こういった濃厚な症例と接することで漢方漬けの毎日を送り、より一層漢方の世界へとのめり込んでいった。

 

 

 Bさんは、20歳後半の痩身の男性で、発赤局面が体幹ばかりでなく、四肢や顔面まで広く分布、下肢局面には出血を伴う皸裂性局面があり、更には手足の爪にも乾癬性の病変が見られ、全身の約80%を占めようかという、重度の乾癬性紅皮症であった。 Aさんの経験で、ある程度の自信をつけていた私だったが、Bさんの状態を見て「これは治るのだろうか?」と内心つぶやく一方、師匠の症例やAさんを含む私の数少ない漢方経験でも、徐々にではあるが、現代医学では治療不可能でも漢方で寛解、治癒できた経験をし始めていた私は、今回は「私には治せませんので皮膚科に行ってください」とは言わずに済んだ。勿論、Bさんの病歴は12年を超えており、とうに皮膚科治療はやり尽くした後だったので、もはや漢方治療しか残されていなかった。とはいえ、教科書には「痩せた患者、男性、老人はさらに難治である」と書かれてあり、今回も生やさしいものではないなと覚悟を決めて入院していただいた。

 

 

 さて、四診を行ったところ、皮膚の発赤局面は、鮮やかな紅色で、生ハムの切断面のような印象だった。これが広く全身に分布していたため、Aさんと同じようにツムラ黄連解毒湯(オウレンゲドクトウ)(TJ-15)などの清熱剤が念頭に浮かんだが、どうしても気にかかることが2つあった。1つめは、Bさんは痩身であり、いかにも虚証であること、2つめは、発赤局面を触ると、Aさんの時とは違い意外にも全く熱感がなく、そしてひたすら乾燥していたことである。つまり、見た目の派手さとは裏腹な印象をぬぐえなかった。この時思い出していたのが、「陰陽虚実がわからないときには、陰虚証の薬から使うのが無難」という漢方の先達の教えだった。



 

 陰虚証、寒証気虚血虚(血燥)と弁証した私が選んだのは、ツムラ当帰建中湯(トウキケンチュウトウ)(TJ-123)に黄耆末を加えた帰耆建中湯だった。これは皮膚所見に加え、腹力が2/5とやや軟なのに、両側腹直筋が著明に緊張していたからである。黄耆を加えたのは補気、特に体表の気を補う目的で使用した。もし清熱剤が必要な状態であれば、発赤が一気に悪化する筈で、これ以上悪化したらどうなってしまうのだろう、と内心ヒヤヒヤしながら毎日回診を続けた。

 そして1週間たった頃、発赤局面が徐々にではあるが消退し始めたのである。その後も順調に改善し、2カ月で色素沈着を残すのみとなった。Bさんはたいそう喜んでくれたが、一番喜んだのは、爪の乾癬病変も一緒に治ってきたことのようだった。私からすると、顔面を含む全身に派手に分布していた局面が消えてきた方が喜んでも良さそうなものだが、喜びのツボは人によって違うようである。ボロボロに変形していた爪は、確かに表面がスムーズに正常化してきており、これは全身に効果を発揮する漢方の大きなアドバンテージであると感じた。実際、乾癬の爪病変は皮膚局面以上に治療が難しいようだ。

 

 

 私は、この後も不思議と乾癬には縁があるようで、漢方医としては多くの乾癬症例を治療していると思う。Bさんの後も、数例ではあるが、爪病変を伴う乾癬症例を経験し、いずれも皮膚所見ばかりでなく爪病変も同時に改善していた。重症乾癬では、ステロイド剤だけでなく、免疫抑制剤を使うこともあり、副作用で苦しむ場合がある。漢方治療は、乾癬にかかわらず、現代医学の治療前後、または治療中に試してみる価値があることも、日本の優れた伝統医学であることが広く認識され、より多くの国民に漢方治療の恩恵が届くことを切に願っている。


以下写真は、背中一面を埋め尽くす乾癬局面の状態です。赤みが著明に改善し、色素沈着に置き換わっている状態が見て取れます。