漢方外来を受診される患者さんは様々である。腰を据えて治療を受けようと思う方もいれば、1~2回で効果がないとあきらめてしまう方もおられる。これは漢方治療に対するイメージや期待度について、良い意味でも悪い意味でも誤解や誇張があるためと思われるが、患者さんにお願いしたいのは、最低でも2週間、できれば2カ月程度は効果判定まで時間をいただきたいということだ。また、医師向けの講演会でも、効果判定までどれくらいが目安かという質問を多く受けるが、やはり医師側としても同様のスパンで治療法の適否の判定を行うと良いと思う。
最近は、忙しい時代となったせいか、当たり前でもあるのだが、1日も早く効果を望む方も多く、医師としては少ない時間で結果を求められることになり、よほど気合いを入れて方剤選択し、一期一会の一発勝負のつもりで日々の外来にあたる必要を感じる時もしばしばである。特に外来診療はその傾向が強いが、これまでの入院の症例報告のように、やはり特に難病の治療に当たっては、試行錯誤しながら、医師と患者が協力して、最適な方剤にたどり着けるようにしたいものだと感じている。病気の治療は、患者だけでも、また医師だけでもできないのは東洋医学も西洋医学も同じなので、お互いコミュニケーションをとりながら、良好な信頼関係を築いていければ、結果も良い方向に行くものと思う。
さて、日常漢方診療で私がどのような手順で治療を行っているか、紹介したいと思う。新患の場合は、まず漢方問診を行う。この漢方問診は、前日本東洋医学会会長で千葉中央メディカルセンター和漢診療科部長の寺澤捷年先生の著書「和漢診療学」より抜粋、参考にさせていただき、これに多少アレンジを加え、患者さんに該当する項目をチェックしていただくことにより、自動的に気血水弁証の目安となるようにしている。この問診票をもとに、四診(望診、問診、聞診、切診)を実際に行っていく。四診についての説明は専門書に譲るが、患者さんのために簡単に解説すると、現代医学で言えば、聴診器で胸の音を聞いたり、触診や打診を行うことに該当し、漢方独自の診察法のことを四診という。この一連の作業を通じて証を決め(弁証)、証に随って治療する(弁証論治)わけだが、問題はどのような弁証論を用いて治療するかにある。医師によっても違うと思うが、私の場合は、六病位、八綱弁証、気血水弁証をメインに据え、どうしてもそれらでうまくいかない時や、もしくは明らかに必要な場合は臓腑弁証を用いるというスタイルで行っている。弁証が的確な場合は当然すぐに結果が得られるが、的確でない場合は、ひたすら四診しながら弁証を繰り返すという地道な努力が必要とされる。
この中から気血水弁証について、それぞれの異常に用いられる代表的方剤について紹介する。気の異常には気欝、気虚、気逆があるが、気欝の基本処方には半夏厚朴湯と香蘇散があり、この他にはこの2剤に派生した方剤を用いる。近年増えているうつ病もこの気欝に含まれるが、この2剤で、欝状態が著明に改善した症例をいくつも経験した。 気虚の基本処方は人参湯をベースとした四君子湯や六君子湯と、桂枝湯を基本とした小建中湯や桂枝加芍薬湯、補中益気湯、十全大補湯、人参養栄湯などがある。気虚とはいわばエネルギー不足の状態なので、気を補充するこうした補気剤を用いると、とたんに元気を取り戻す場合がある。病中病後の疲労回復や低免疫状態に使いたい。 気逆に対しては桂枝甘草湯をベースにした、桂枝加竜骨牡蛎湯、柴胡加竜骨牡蛎湯、桃核承気湯、苓桂朮甘湯などを用いる。更年期障害やパニック障害や自立神経失調症、不安、焦りなどの症状に頻用される。 血の異常には血虚と瘀血があるが、血虚の基本処方は四物湯で、四物湯に派生する方剤は、芎帰膠艾湯、当帰飲子、温清飲、荊芥連翹湯、疎経活血湯、十全大補湯、人参養栄湯、帰脾湯など極めて多い。使い分けには経験を要する。体を温めたり、潤したりするために必須な方剤群である。アトピー性皮膚炎などに頻用する。瘀血に対しては、桃仁、牡丹皮、当帰、川芎などが配合された、桂枝茯苓丸、加味逍遙散、桃核承気湯、大黄牡丹皮湯、通導散などを用いる。便秘を伴う更年期障害や婦人病、精神疾患には欠かせない処方群である。 水の異常の水滞については、朮、茯苓、猪苓、沢瀉などの利水剤を基本とした二陳湯、五苓散、猪苓湯、苓桂朮甘湯、防已黄耆湯、越婢加朮湯、真武湯などを用いる。浮腫はもとより、水滞に起因する頭痛や膀胱炎、めまい、関節痛などに広く用いられる。
これらの証を見分けるには、患者の精神状態や身体状態をつぶさに観察せねばならず、まさに心身一如(心と体は切り離せないものとして扱い、心が病めば体が病む、体が病めば心が病むといった、心と体両面から包括的に捉える漢方独特の考え方)として患者と相対し、実意深切の姿勢(和田東郭が実践した治療姿勢、後述)をもって日々診療にあたらければならないと改めて思い起こす日々である。 稿を終えるにあたり、私の好きで、いつも勇気づけられている先達の教えを紹介して終わりたいと思う。
【実意深切】
「とかく人は実意深切というもの第一の事なり。これをかたく尽くして見るときはすなわち忠なり。この忠を立てぬく時は、岩をも通すところの力ありというべし。十分の実意よりして病者の苦を救い、医の誠を尽くすというところを本としてすべし。」
(解説) どのようにしても患者の苦しみを救いたいという真心を持って治療に当たれば、岩をも通す力を持つことができる。
~和田東郭先生 「蕉窓雑話」より
【漢方は木を見て森を観る医学である】
(解説)~私の解釈
漢方は、患者の一見とりとめのない複数の症状(木)を見て、それを手がかりに体全体(森)で何が起きているかを俯瞰しつつ、その奥にある本質的な病態である証(森の生態)を哲学的洞察によって認識し、これに随って治療を行う医学である。
~花輪壽彦先生 北里東洋医学研究所所長
【方を用ゆること簡なる者は其の術日に精し、方を用ゆること頻なる者は其の術日に粗し、世医ややもすれば、すなわち簡を以て粗と為し、頻を以て精と為す、哀しいかな。】
(解説) 漢方処方を簡潔に少ない処方で用いる者は、日に日に治療の精度が上がる一方、複数の方剤を無秩序に用いる者はいつまでも上達しないものだが、世間は簡潔な治療を評価せず、たくさんの薬を出す医者を評価する傾向にあるのは嘆かわしいことだ。
~和田東郭先生
【術ありて 後に学あり。術なくて 咲きたる学の 花のはかなさ】
(解説) 医術があってこそ、学(知識)が活きてくる。医術を伴わない学ははかないものだ。
~大塚敬節先生
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最後に、今回、先達の教えの解釈について、多大なアドバイスをいただいた北里東洋医学研究所所属で米の山病院漢方内科部長の福田知顕先生に感謝を申し上げる。 |
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